最近、税金裁判で国が敗訴するとともに、内容がそれまでの扱いや考え方と大きく違う判決が続いている。
弁護士の必要経費を巡っても、画期的判決と評価される判決が最高裁で確定した。
所得税のエキスパートでもある税理士の山口潤一郎氏がこの判決を巡ってその意味を解説し、併せて国税庁の対応等も分析したというので、当ページへの掲載をお願いしたところ、快く承諾していただいた。
個人事業者の必要経費算入は悩ましい問題であるが、今後はこの判決を受けて幅広に考えることが不可欠といえる。 ぜひ、参考にしていただきたい。
山口潤一郎税理士に感謝し、以下、氏の文書を掲載する。
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画期的判決 「経費の直接関連性は不要」 をめぐって
山口潤一郎
【裁判の争点】
これまで、所得税調査で調査官が「事業と直接関係がない」と直接性を根拠に経費を否認し、裁判でも「直接関連性」を根拠とする判決が続いてきた。
平成26年1月17日、最高裁は弁護士と課税庁との間で争われた必要経費について「事業との直接関連性」は不要との東京高裁判決(平成25年9月19日)を支持し確定した。
具体的争点は①弁護士会役員立候補費用、②役員としての懇親会費、③日弁連事務局員に対する香典と、弁護士会活動で支出した経費の必要経費性であった。
判決に先立ち、青山学院大学三木義一教授が各地の税理士に必要経費性を尋ねた結果を公表している。
1 すべて経費にする=2割
2 一部経費とする(特に立候補費用はダメ)=6割
3 すべて経費ではない=2割
判決後、三木教授は「仕事をする上で支出せざるを得なかった場合でも『直接関係がない』という理由で否認されてきたが、直接であれ、間接であれ、『業務の遂行上必要か』どうかという基準でその経費性が認められる画期的決定だとし、「どの税理士に依頼するかで必要経費の範囲が異なる。裁判になる前に税理士会が納税者の視線に立った解釈基準を提示して、課税庁と調整するような制度を検討すべきだ」と主張している。(「東京税理士界」第685号 平成26年2月1日付)
【地裁判決と高裁判決の要旨】
従来判決を踏襲した東京地裁判決(平成23年8月9日)は、弁護士会活動は報酬を得る活動ではなく、事業に該当せず、直接関係して支出された費用ではないとし、経費は「所得を生ずべき事業と直接関係し、かつ当該業務の遂行上必要であることを要する」と、所得税法第37条の直接性が必要であるとしていた。
控訴審となった東京高裁判決(平成24年9月19日)は、①弁護士会活動は弁護士業務と密接に関連しており必要経費に該当し、役員立候補に不可欠な費用は業務遂行上必要な経費に該当する、②懇親会費用は過大でない限り社会通念上、必要な経費であるとした。
そして、「事業の業務と直接関係を持つことを求めると、解釈する根拠は見当たらず、『直接』という文言の意味も必ずしも明らかではない」とした。
この判決に課税庁が上告して一年以上経過した後、最高裁が上告不受理と決定して確定した(平成26年1月17日)。
【最高裁決定を受けた動きや議論】
1 「否認経費が認められる可能性があるが、国税庁は個別事例との見解だ」東京都歯科医師会
最高裁決定を受けて東京歯科医師会は各地区の歯科医師会に「必要経費と事業との関連について」(情報提供)で以下を連絡した(平成26年3月20日)。
「これまでは事業と『直接関係がない』という理由から経費としては認められなかったところですが、今後は『業務上必要か』という基準でその経費が認められる可能性がある」。
その一方で「国税庁においてはあくまでも個別事例との見解を示しており…判断については…税理士や税務署にご相談」をと、追記している。
2 「必要経費の三要件のうち、直接関連性以外の要件の争いは道半ば」 守田啓一税理士
守田啓一税理士は「所得税法における必要経費の要件について」で三つを抽出し「直接要件否定は画期的だが、他の二つの意味が明らかでなく、争いは道半ば」と指摘している。
① 事業との直接関連性
最高裁決定を受けて今後このような要件で否定されることはないと思われる。
② 通常必要な費用
法律では明文規定がないが、判決ではこの要件を課している。
③ 客観的判断
判決には、必要性と関連性を関係者の主観的判断を基準とせず、客観的になされなければならないという判断があるが、誰が客観的に判断するのか、取引内容を一番理解している納税者や代理している税理士の判断が主観的とされてはならない。
なお、「通常必要な費用」概念はアメリカ内国歳入法典からの援用であり、通常性を要件とさせないことが当面の課題と言われている。
3 「懇親会後の二次会も必要経費だ」 MJS租税判例研究会報告
高裁判決は直接性を否定し、活動費用は必要経費に算入できるとしたが、家事費や家事関連費については言及していない。
① 法人が行う同業者団体との懇親会や二次会は経費となり、個人はなぜならないのか。
② 法人は飲食代一人5000円基準ができてからバーでもスナックでも5000円未満なら交際費にならず認容されている。
③ 一部が過大な支出と否認されたが、経費になるかどうかは金額ではなく、必要経費であるかどうかではないか。
【所得税法第37条の文理解釈】
1 所得税法第37条は「直接に要した費用」と「業務について生じた費用」が必要経費であるとしている。
2 「直接に要した費用」は売上原価など収入と直結したものであり、「業務について生じた費用」は特定収入との対応関係が明らかではない販売費や一般管理費などである。
3 二つの性格を持つ費用を「及び」で並列に記述している。
4 今回の高裁判決は「直接」でなくても業務上必要であれば経費となるとした。
【所得税法の必要経費をめぐる背景】
所得税法は昭和40年に全文改正され、それまでの費用収益対応の原則のほかに期間対応の原則を取り入れた。これは昭和38年の税制調査会の答申に由来し、三木義一教授は一審で敗訴した弁護団に控訴審で答申に基づく主張を展開してもらったそうである。
【昭和38年12月税制調査会「所得税法及び法人税法の整備に関する答申」】
費用収益対応の考え方のもとに経費を控除するに当たって、所得の基因となる事業等に関係はあるが所得の形成に直接寄与していない経費又は損失の取扱いをいかにすべきかという問題について、純資産増加説的な考え方に立って、できるだけ広くこの種の経費又は損失を所得計算上考慮すべきとする考え方と、家事費を除外する所得計算の建前から所得計算の純化を図るためには家事費との区分の困難な経費等はできるだけこれを排除すべしとする考え方との広狭二様の考え方があることを指摘し、所得税の建前としては、事業上の経費と家事費を峻別する後者の考え方も当然無視することができないが、事業経費又は事業損失の計算については、できる限り前者の考え方を取り入れる方向で整備を図ることが望ましい。
【昭和40年全文改正の立法趣旨】
昭和40年改正前の所得税法は費用収益対応の原則によって貫かれていたが、全文改正においては費用収益対応の原則のほかに、期間対応の原則を取り入れた。
その原則は総収入金額に係る売上原価その他その総収入金額を得るため直接に要した費用の額とその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用であることとした。
★ 売上原価その他その総収入金額を得るため直接に要した費用 ⇒ 収入金額に対応する費用
★ その年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用 ⇒ 期間に対応する費用
○ 所得税法第37条 (必要経費)
売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用
○ 所得税法第45条(家事関連費等の必要経費不算入)
居住者が支出し又は納付する次に掲げるものの額は、その者の不動産所得の金額、事業所得の金額、山林所得の金額又は雑所得の金額の計算上、必要経費に算入しない。
一 家事上の経費及びこれに関連する経費で政令で定めるもの
○ 所得税法施行令第96条(家事関連費)
法第四十五条第一項第一号 (必要経費とされない家事関連費)に規定する政令で定める経費は、次に掲げる経費以外の経費とする。
一 家事上の経費に関連する経
費の主たる部分が不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかに区分することができる場合における当該部分に相当する経費
二 青色申告書を提出することにつき税務署長の承認を受けている居住者に係る家事上の経費に関連する経費のうち、取引の記録等に基づいて、不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき業務の遂行上直接必要であつたことが明らかにされる部分の金額に相当する経費
○ 所得税基本通達 〔家事関連費(第1号関係)〕
(主たる部分等の判定等)
45-1 令第96条第1号《家事関連費》に規定する「主たる部分」又は同条第2号に規定する「業務の遂行上直接必要であったことが明らかにされる部分」は、業務の内容、経費の内容、家族及び使用人の構成、店舗併用の家屋その他の資産の利用状況等を総合勘案して判定する。
(業務の遂行上必要な部分)
45-2 令第96条第1号に規定する「主たる部分が不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務の遂行上必要」であるかどうかは、その支出する金額のうち当該業務の遂行上必要な部分が50%を超えるかどうかにより判定するものとする。ただし、当該必要な部分の金額が50%以下であっても、その必要である部分を明らかに区分することができる場合には、当該必要である部分に相当する金額を必要経費に算入して差し支えない。
【東京高裁が検討した事項】
1 弁護士会について
① 弁護士会は弁護士等の指導、連絡及び監督を目的とする法人であり、会員相互の協調、共済並びに懇親、品位保持及び業務改善を目的とする。
② 弁護士会は国選弁護報酬への補助金増額、弁護士の氏名の実現並びに社会秩序の維持や法律制度の改善のための活動をしている。
③ 弁護士会加入は強制である。活動は役員に選任された弁護士が行っている。
④ 弁護士会は独自資産を有し、活動費用を賄っているが、すべてではなく役員自身が支出しているのが実情である。
⑤ 弁護士会活動は、弁護士として行う事業所得を生ずべき業務に密接に関係し、弁護士は義務的に多くの経済的負担を負うことで成り立っている。
2 弁護士会活動と経費性について
① 役員等の行為の効果は、弁護士会に帰属するため、弁護士個人の「事業所得を生ずべき業務」には該当せず、役員としての活動は営利性、有償性を有しない。
② 弁護士として行う事業所得を生ずべき業務の遂行上必要な支出であれば一般対応の必要経費に該当する。
③ 弁護士が役員として支出した費用は弁護士会役員の業務の遂行上必要な支出であったということができるのであれば、一般対応の必要経費に該当する。
3 接待交際費の分類
高裁は争点となった接待交際費を以下のように区分しそれぞれについて是否認の判断を行った。
① 公式行事後に催される懇親会
② 他団体との協議などの後に催される懇親会
③ 機関会議後に構成員に呼びかけて催される懇親会
④ 弁護士会職員や委員に呼びかけて催される懇親会
4 認容した支出
① 会議体や弁護士会等の執行部の円滑な運営に資する支出で
② 社会一般でも行われている行事に相当し
③ 費用の額が過大でなく
④ 社会通念上、その役員等の業務の遂行上必要な支出である。
5 認容しなかった支出
① 公式行事とも、特定集団の円滑な運営に資するとも、社会一般で行われている行事に相当するとも言えない支出
② 本人が参加者全員の費用を負担したり、他の参加者より多く負担するのは過大である。
③ 懇親会は役員の業務の遂行上の必要性は満たしているが、二次会は個人的な知古との交際や旧交を温める側面を含んでおり、業務遂行上必要な部分が含まれていたとしても、その部分を明らかに区分することができると認めるに足りない。
④ 弁護士会選挙当選のため自らへの投票を呼び掛ける活動は、自らの意見を実現するために行われるものであり、弁護士会活動と同視することはできないし、事業所得を生ずべき業務と密接に関係しているとも認められない。
⑤ 立候補するために不可欠な費用は業務遂行上必要な支出に該当するが、その余の費用は該当しない。
⑥ 日弁連事務局次長の父親の逝去に伴う香典は、本人が弁護士会を代表した支出ではなく、本人が執行部メンバーとしての交流しかなかったことから、社会通念上、日弁連副会長の業務の遂行上必要な支出であったとまではいえない。
【問題の所在と今後の課題】
1 国税庁が個別事例とする理由は何か
調査担当者の多くは、申告納税制度の下で、できるだけ多くを経費化したい納税者の主観的判断に任せていては客観性が担保されないから収入との直接性で家計費を算入させない方針の下で、審理し、調査に臨んできた。
東京高裁の判決前に発表された税務大学校の論文「所得税法第37条に規定する直接性に関する一考察」では、東京地裁判決について「懇親会出席等の活動を通じて生じた人的信頼関係を機縁として、顧問先を獲得するきっかけとなっても、その活動は獲得が直接の目的ではなく、あくまでも間接的に生じる効果に過ぎない」と直接性にこだわっていたが、東京高裁後に税務署で判決内容を研修したとは聞こえてこない。
最高裁決定で一般対応支出と収入との直接性が否定されたにも関わらず、国税庁が個別事例とするのは「直接性」が否定されても家事費や家事関連費を排除するという原則は崩れていないという判断があるからではないだろうか。
2 高裁判決の矛盾点
確かに高裁判決の個別判断には矛盾も多く、同じ懇親会でも一部を否認している。
① 公式行事後の懇親会ではない。
② 負担額が過大な支出は認められない。
③ 二次会は業務と家事費が明確に区分されない。
④ 役員選挙費用は業務と密接に関係していない。
⑤ 香典は役員業務遂行上必要な経費ではない。
弁護士会活動は弁護士業務と密接に関連すると必要経費性を認めながら、執行部会を公式行事ではないと否認したのは矛盾である。何が業務関連かは本人が一番分かっている。過大かどうかも金額ではなく必要経費かどうかである。また、二次会等の個人事業者の支出における通常性と必要性については整理されていない。
3 国税不服審判所のホームページでは
国税庁ホームページで公開されている国税不服審判所の裁決事例6件はいずれも経費性を否認した事例をあげており、最高裁決定を「個別案件」とみているらしい国税庁の姿勢がみえる。今回の最高裁決定に基づき裁決事例の差し替えを求める必要がある。
否認理由は「必要(性)」が冠された①客観性、②直接性、③通常性三点である。
4 所得税基本通達と税法との関係 問題は家事関連費以前の判断
所得税基本通達37-16は事業を営む者等の海外渡航費について「事業の遂行上直接必要であると認められる場合に限り、(中略)必要経費に算入するものとする」と「直接必要」な費用に限るとしている。その根拠は所得税法第45条と所得税法施行令第96条に基づいていると思われる。
所得税法第45条は家事費及び家事関連費のうち所得税法施行令第96条で定める次の経費以外は算入できないとしている。
家事関連費が「業務の遂行上必要であり、かつ、その必要な部分を明らかに区分することができる場合」及び青色申告者の家事関連費のうち「業務の遂行上直接必要であったことが明らかにされる部分」と規定している。
つまり、海外渡航費は通常家事費ないしは家事関連費であるから「業務の遂行上直接必要で」であることを求めているのではないか。
しかし、そもそも業務について生じた費用であれば、その区分は必要ない。
5 今後の課題
弁護士のスーツ購入費が必要経費かどうかで、「弁護士でなくてもスーツを購入するから家事費であり必要経費ではない」に「スーツは弁護士の制服であり弁護士でなければ購入していない」、また「10万円を超えるスーツは社会通念上高額であり個人の趣味が絡み必要経費と認められない」に対し「どの程度のスーツを購入するかは財布によって違うだけであり、必要経費性に違いはない」という議論がある。
通常性と客観性の議論であり、高裁判決の矛盾点でもある。
三木義一教授は2014年7月3日の税理士会講演で以下二つが基準になると述べた。
① 何に支出したのか
② 何のために支出したのか
その上で、シングルマザー弁護士のベビーシッター代は業務を行うための支出だが必要経費として認めるかを会場に詰めかけた税理士に問いかけたが、ほとんどの税理士が家事費だと手を挙げ、三木教授は「みなさん冷たいね」と会場を沸かせた。
「何のために支出したのか」、ベビーシッターを雇わなければシングルマザー弁護士は業務を遂行できない。であれば、必要経費である。
一方、保育園に預ける費用はどうなるか。保育費用は通常家事費であると考えられる。保育費用を認めれば際限なく必要経費の幅が広がるように思える。
直接性のくびきが解かれた意義は大きい。国税庁の個別事例論を克服し、文理解釈で所得税法第37条を生かしていかねばならない。
一方、裁決事例で強調される必要(性)が冠された客観性、通常性をどのようにとらえるか、三木義一教授の税理士と税理士会への提言に本格的に取り組むことが税理士業界の責務ではないか。