
「鬼子」とは「親に似ていない子や狂暴な子のこと」と国語辞典には記されている。
昔は別な意味もあったが、ここでは「新自由主義」という親が生んだ「狂暴な子」が「給付付き税額控除」だという意味で「新自由主義の鬼子」と副題を付けた。
新自由主義は生身の人間にとっては極めて狂暴な主義であるから、狂暴な親から狂暴な子が生まれたといえる。「親に似ている子」だから、「鬼子」のひとつの意味には当てはまらないのかもしれないが、「狂暴な子」には当てはまっているのでお許し願いたい。
そもそもは
「給付付き税額控除」の生みの親は新自由主義の元祖ともいうべきフリードマンである。
フリードマンは新自由主義の推進に一体のものとして「負の所得税」を提唱した。
極めて概括的にいうと、企業中心主義の社会、企業が何の制約も受けずに儲けに走れる社会、したがって株主が大儲けする社会が正しい社会だというのが新自由主義である。
そこでは人間を「人的資本」として、儲けを生み出す資本と位置付ける。
したがって、儲けるのに有能な人間は資本として組込むが、それ以外は単なる「原価」だから、低賃金・長時間労働で使い捨てるということになる。
日本の賃金労働者の4割、約3千万人が非正規雇用という状態にまでなったのは、その結果である。
この30年間、実質賃金はまったく上がっておらず、横ばいであるのもその結果である。
ごく一部の人間はとてつもなく裕福になっているが、大半の人間は苦しくなっている。中間層の崩壊は必然の話で、人間に対して新自由主義は極めて狂暴なのだ。
格差社会を織り込み済み
フリードマンは当然のことだが、格差社会になること、それもとてつもなく大きな格差社会になることを織り込み、底辺層が増大することを織り込むことになる。
そこを野放し状態にすると、暴動を招き、革命を叫ぶ者が出て、新自由主義社会が持たないと考える。そこで、不満を抑えるための措置を手当てしなければならない。儲けているのだから賃金を上げればいいのだが、それは株主利益最大の主義に反する。
何のことはない。政府に肩代わりさせればよい。これが「負の所得税」である。
彼は実に周到深い。底辺層対策を社会保障でやるとすれば、政府機関がそれなりの規模の機関、人員、時間が必要となり、財源が膨らむ。その財源を株主以外に負担させようとすると、またまた不満が増大し暴動を招きかねない。彼らにとっては危険のスパイラルにはまってしまう。
だから、社会保障を使わずに済む方法はないかと編み出したのが、所得税に社会保障を組み込んで、肩代わりさせるという方式である。既存の徴税機構を使えば済むので、政府が膨張することはないというのである。社会保障自体を低値に定着させる彼らにとっては一石二鳥の政策が「給付付き税額控除」だということを確認しておきたい。
日本のいま
新自由主義に走っている先進国が様々な方式の違いはあるにせよ、「給付付き税額控除」を導入しているのは、まさに新自由主義が産み落とす必然の子だからである。
日本も実は随分前から検討されているのだが、踏み切らなかった。
それは、底辺層の人間が暴動を起こす気配がなかったからに他ならない。
しかし、お米価格の急騰、食料品の相次ぐ値上げ、家賃の高騰と、底辺層の生活はいよいよ苦痛に満ち、将来は暗黒さを増し、不満はたまりにたまっている状態になっている。
それに加えて中東問題。
不満の刷毛口を示す必要が、新自由主義を推し進める政権の喫緊の課題になった。
「給付付き税額控除」の中身の問題点は、具体像が出てきたときに改めて取り上げたいと思う。ここでは、急に取りざたされることになってきた背景にある問題を改めて確認しておかなければ、とんでもないことになるということを共通認識にしたいと思うためである。

