
2月下旬に高市ギフト問題が噴き出した。
野党や報道各社の捉え方は、政治資金の使途としての妥当性を問うものが圧倒的である。
報道各社にコメントを寄せる政治学者等の識者もその視点で一致している。
高市首相も野党の追及に、政治資金の観点から「法的問題はない」と突っぱねている。
率直に言って、野党も報道機関も識者も捉え方の観点がずれまくっているのではないかといいたい。
選挙で選出された国会議員はそもそもどういう立場の人なのだろうか。
国民との関係はいかなるものなのだろうか。
憲法は明確に規定をおいている。
第15条 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。
3 公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。
4 すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。
第16条 何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。
第17条 何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。
小学生でもわかる話で、国会議員は公務員である。
そして、選定された公務員つまり国会議員の任務も明確だ。全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではないと規定している。
その国会議員に向き合う国民については、誰でもが様々な事項について国会議員に対して請願する権利があることを保障している。
さらに、国会議員の不法行為によって国民が損害を受けたときは、国等に対して損害賠償を求めることができるとしている。
憲法は、国会議員に大変重い「倫理」を求めていることがわかる。
分かりやすくいえば、国会議員は国民に対して向き合いかつ責任をもつ「独立機関」なのである。
政党や所属などは関係ない。
だからこそ、「独立」を保障するために、憲法第49条で「収入」を保障する規定をおいている。
第49条 両議院の議員は、法律の定めるところにより、国庫から相当額の歳費を受ける。
憲法が規定するところを素直に考えれば、選定された国会議員は法律が定める歳費を受取って、全体の奉仕者として活動するのであるから、他の収入があることを想定していない。
他の収入を許容すれば、その収入元の影響を排除することができないため、独立をそこね、一部の奉仕者になる虞が生じ、全体の奉仕者としての任務を遂行できないからだ。
これが日本の最高法規である憲法が規定していることである。
政治資金規正法がザル法だと揶揄され続けてきたが、国会議員に高度の「倫理」を求める憲法を度外視して、国会議員が歳費以外の資金をかき集める手法を詐欺的に法律化しているのであって、実態を覆い隠す法律に反していないから問題ないとする考え自体がすでにおぞましい。
もうひとつは、高市首相という政治屋が自己の便宜を受けるために、国会議員に金を払ったという見方である。
高市氏は「慰労」だというが、高市氏の「内心」はわからない。しかし、金を受け取った側は「恩義」を感じて、高市氏のために「奉仕」しようとなるのは必然だ。
刑法が適用されるかは厳密な判断が必要だが、心証としては明らかに「贈収賄」の構造である。
敢然と突き返した議員はいないようなので、贈る方も贈る方、もらう方ももらう方。
いやはや、国会議員たちの金を巡る動きが報じられるたびに、情けなく悲しくなるのは私だけなのだろうか。
ちなみに、憲法で個人に対して金銭の支給を規定している条文は、先にあげた第49条のほかに二つある。
第79条 第6項 最高裁判所の裁判官は、すべて定期に相当額の報酬を受ける。
第80条 第2項 下級裁判所の裁判官は、すべて定期に相当額の報酬を受ける。
いずれも「独立」を保障するためである。
裁判官が誰からであれ金券などを受取っていいはずがない。
国会議員も同じである。

