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  国税庁の戦略変更の動き

 ここ数年の国税庁の動きをみると、アメリカ内国歳入庁(IRS)の変革を手本とするかのような戦略的変更が垣間見える。
 納税者の税務に対するコンプライアンスを高め、自主的に適正な申告を行うように促す環境を整備する、国税庁はそのための様々なアイテムを整備して提供していくという戦略である。これに対応してくれる納税者は「良民」として扱おうというのである。
 「良民」が増えれば、課税行政の主財源である「調査官」という人的資源を「悪人」退治に集中することができ、少ない人材=少ない徴税費で税収効果を高めることができる。
 「現代的アプローチ」とも言われているこの2本柱で税務行政を展開するように、戦略的に組みなおそうということであろう。
 ところが、財務省、国税庁の官僚が受け継ぐ体質に引きずられていて、実際に行われていることはチグハグなものとなっている。

 その体質とは、ずばりいうなら「われらは国家のために身をささげているのに、納税者は小狡く誰もが過少申告しているとんでもない奴らだ」という納税者観である。

 先に「良民」として扱うと述べたが、官僚が今やっていることは、大企業で税務コンプライアンスを理解し、官僚の指示に従うものだけを対象にしているのであって、大企業以外はまだ「良民」の入り口にも立っていない。それどころか、情報収集とその分析の高度化を利用して、全納税者を「リスク管理」していくというのである。
 官僚にとってのリスクとは「その納税者の税金ちょろまかし危険度」ということになる。実に正直ともいえる納税者観である。
 こうした根深い体質があるため、日本の国税庁が進める「現代的アプローチ」は歪んだシステムとして現実化してきていると指摘できる。
 少し具体的に見てみよう。

  現状はどうか

 税務職員5万6千人の約半数3万人弱の調査官が全国の税務署に配置されて中小零細業者の調査に振り向けられており、重箱の隅を突つくかのような税務行政が行われている。そのため、人的資源を投入する割には税収効果は薄く、IRSと比較しても日本の徴税費は高くついている。
 実際に、なぜ調査選定されたのかわからないような規模の小さな納税者の税務調査に数十日の日数をかけ、高圧的な調査展開の下、数千円の追徴税額という極めて少額の増差所得で修正申告を求める調査が横行している。こうした調査を通じて、この納税者の税務コンプライアンスが高まることはなく、むしろ税務署に対する根深い反発心を植え付けることになっている。国税庁は調査による波及効果を標榜しているようだが、結果はまったく逆である。このような小規模事業者いじめの調査は人づてに広がり、税務行政への不信と反発という波及効果を及ぼしているのである。

 こうした現状は戦略的変更を言い始めてからも変わるところがない。税務行政、とりわけ如実に表れる税務調査はますます小規模事業者いじめとなっており、現場の変化は見られない。

  なし崩し的変更をさぐる頭の悪さ
  その結果は逆効果を招いている

 国税庁は確かに一定の変化を見せている。その発信も小出しに、なし崩し的に行われているが、国民、納税者に直接届いているとはいいがたい。
 たとえば、次々と打ち出している「納税環境整備」である。
 納税者を「良民」に向かわせるための「牽制効果」を狙ってのことだと思うが、「納税環境整備」としてやられている加算税の相次ぐ改正を見てみよう。

 <加算税の加重・軽減措置>

 ① 国外財産調書・財産債務調書の提出がない場合……過少申告加算税5%加重
 ② 国外財産調書関連資料の税務調査時不提出……過少申告加算税をさらに5%加重
 ③ 優良な電子帳簿の記載に係る申告漏れ……過少申告加算税5%軽減
 ④ 調査における帳簿の不提出や記帳もれの程度が激しい場合……過少申告加算税又は無申告加算税を5%又は10%加重
 ⑤ 調査通知後で更正予知前の自主修正申告……過少申告加算税5%(加重部分は10%)
 ⑥ 過去5年以内に重加算税又は無申告加算税を課されたことがある場合……重加算税又は無申告加算税を10%加重
 ⑦ スキャナ保存又は電子取引保存に関して隠蔽仮装があった場合……重加算税10%加重
 ⑧ 納税額が300万円を超える高額な無申告……無申告加算税30%(令5改正で新設予定)
 ⑨ 繰り返しの無申告行為……無申告加算税又は無申告重加算税を10%加重(令5改正で新設予定)

 これらの加算税の加重・軽減措置はここ10年で次々と措置されてきた。こうして羅列すると、課税庁の執念が分かろうというものであるが、建て増しを繰り返して迷路のようになった加算税制度の総体を納税者が理解することは難しい。ということは、納税者にとって牽制効果はたいしてないということになる。課税庁の執念は空回りしているといえるだろう。

 同じく「納税環境整備」で打ち出してきたのが課税行政効率化の措置である。それも列挙してみよう。

 <税務行政の見直し措置>

 ① 「実地の調査以外の調査」は事前通知の対象外とする
 ② 11項目の事前通知の前に3項目の「調査通知」を行う(加算税と連動)
 ③ 国外財産調書・財産債務調書の提出義務化(加算税と連動)
 ④ 電帳簿保存法の全面改正による電磁的記録の保存義務化(加算税と連動)
 ⑤ 後出し経費の原則損金不算入の法定化(立証責任の納税者への転換)
 ⑥ インボイス制度への移行(記帳と保存の厳格化)
 ⑦ 記帳水準向上促進策の推進(加算税と連動)
 ⑧ 税務コンプライアンス向上の追求(度合いによる大法人の調査回数削減誘導)
 ⑨ e-Tax推進、デジタル化推進、税務署の枠を超えたセンター化による一元的行政推進
 ⑩ 「情報収集+分析システムの高度化」により納税者をリスク評価しての管理
 ⑪ 税理士試験会計科目受験資格緩和で資格取得早期化をはかり税理士による税務行政下請化促進
 ⑫ 税理士・ニセ税理士に対する懲罰の強化

 これらの政策推進により、調査官と調査事務量を確保し、狙うべき調査対象者を絞り込み、人的資源をフル活用して調査で実を上げようというのであろう。
 しかし、これらのなし崩し的改正は、納税者のコンプライアンスを高めるというよりは、税務行政の高圧化・効率化を高めるばかりではないかと受け止められ、実際にもそのように作用することになる。
 これでは、納税者に税務行政を嫌悪させるばかりであろう。

  戦略を転換させるには

 納税者を「良民」にして税収の実を上げようというのなら、IRSがやったように国税庁として「納税者権利憲章」を発表し、税務行政の転換を高らかに宣言することである。
 国税庁官僚は何を勘違いしているのか知らないが、戦略的変更と思われる中で打ち出したのが、「国税庁の組織理念」である。
 実に小役人的な内向きの発想に、思わず苦笑してしまう。

 納税者サービスは中途半端、調査は相変わらず小規模業者いじめ、行政がやりやすいように納税者に様々な事務負担を強いる、納税者はリスク管理するぞetc

 これでは変わらない。
 やるべきことは何か。国税庁長官が、「私たちの納税者観は間違っていました。これからは国家財政を支える『お客様』として対応させていただきます。そのために『納税者権利憲章』も制定します。税務職員にも対応の仕方を徹底します。ただし、脱税には厳しく対処します。」と宣言し、それに沿った職場運営を行うことではないか。
 自らの体質を引きずっていて変革はできまい。隗より始めよ、である。