ある県の住宅供給公社が、9月1日付けで「県営住宅小規模修繕指定業者」に送り付けた文書が当事務所に届けられた。
受け取った業者がどういうことかと戸惑ってしまい、どうしたらよいかというのである。
文書にはその文書の取扱いについて一切記されていないtが、名誉のため発出先の名は伏せておこう。
文書は、次のように5項目で構成されている。
1 令和5年10月1日からインボイス制度になること。
2 インボイスを発行するためには発行事業者になる必要があり、発行事業者の登録申請が令和3年10月1日から開始されること。
3 消費税の申告にあたっては、令和5年10月1日以降はインボイスでないと仕入税額控除が出来なくなること。
4 このため、当公社としては、令和5年10月1日以降、取引に対してインボイスの交付を要求致しますので、取引先におかれましても準備のほどよろしくお願い致します。
5 参考として国税庁のチラシを添付したことと、インボイス制度の詳細は管轄の税務署に問い合わせろということ。
1、2、3、5項は文書の要点を記載した。
下線を付けた4は送付された文書の原文である。 原文にも、この4項だけ下線を施している。
問題は、文書の構成とわざわざ下線を施して注意喚起している「4」の文章である。
なぜ問題なのか。
それを見るにあたり、インボイスの取扱いについて整理しておこう。
新消費税が令和5年10月1日に施行されるのに伴い、仕入税額控除が適格請求書等保存方式に変更となる。
一般的にはインボイス制度への移行と称されており、インボイス(適格請求書および適格簡易請求書のこと)しか仕入税額控除ができないこととなる。
インボイスには、登録番号を記載しなければならず、その番号は「適格請求書発行事業者」として国税庁に登録を申請し、国税庁から通知される番号となる。これを事業者登録という。
番号登録の申請は課税事業しかできない。免税事業のままでいると、申請できないので、インボイスは発行できない。いうまでもないが、免税事業者が登録できずにいても取引は自由にできるし、それに伴う請求書を発行するのも当然の商行為となる。
新消費税法は、事業者登録は義務ではなく、事業者の選択によるとしている。だから、課税事業者であっても登録を申請せず、インボイスを発行しない業者も存在することを認めている。
義務ではないということは、免税業者のままでいることに責任を負わないということでもある。
要は、買い手がインボイスであれば仕入税額控除ができ、インボイス以外の請求書であれば仕入税額控除ができないというに過ぎない。
ただし、令和5年10月1日以降においても、免税事業者からの非適格請求書であっても買い手はその税込額を対象額として、経過期間の3年間は80%、さらにその後の3年間は50%の仕入税額控除ができるとしている。
その期間における免税事業者の請求書の記載内容について、国税庁はQ&Aで、免税事業者が消費税を表示した請求書を発行しても違法ではないとしている。
ところで、新消費税法でインボイス制度になれば、適格請求書発行事業者にはインボイスの交付義務を課した。
いうまでもないが、免税事業者にインボイスの交付義務はない。
驚きの強要
これらを確認したところで公社の文書に戻ろう。
公社がお知らせを送った相手は「小規模修繕指定業者」であるから、公社は免税事業者が多いと踏んだのであろう。それらの下請業者が免税のままでいるとインボイスをもらえず消費税の負担が増えるではないかと考えたに違いない。
それは困るので、今のうちから「インボイスの交付を要求致します」としておけば、下請けの小規模免税業者は課税事業者になり登録をしてインボイスを発行するであろうと。
4の出だしに、「このため」と記しているのはそれを物語る。
しかし、このような強要は法的に何の根拠もない。
それどころか、「下請法」に抵触する恐れ大だ。
この文言は、不当な経済上の利益の提供要請にあたるといえる。
また、下請業者に義務のないことを押し付けるに等しいので、不当な給付内容の変更、やり直しにもあたるのではないか。
通知を受けた業者のみなさんは大変な圧力を感じているが、公正取引委員会に申し出るなどしかるべき行動を起こすべきであろう。
また国税庁は、「消費税価格転嫁対策特別措置法」が令和3年3月31日をもって失効したが、「転嫁拒否等の行為」及び「転嫁阻害表示」に関する相談は引き続き適切に対応するとしている。
業者が免税を選択するということは、制度上転嫁をしないという行為であり、それは商取引においてありうる行為である。これに対して、インボイスによる転嫁を求めるという要求は、転嫁拒否の逆パターンであり、転嫁しないとしているのに転嫁しろというのであるから、転嫁阻害の逆パターンともいえる。
国税庁に対しても相談すべきだと思う。
仮に問題を指摘されたとして、この住宅供給公社は、「インボイスの交付を要求致します」としたのは適格請求書発行事業者に対してのものだから、法で規定されていることであり何の問題もないというのかもしれない。
だとすれば、規定を利用し、逃げ口も用意したうえで免税事業者を脅すというコズルさ満載で、商道徳を疑いたくなる。
大河ドラマで話題の渋沢栄一も、草葉の陰で嘆いていることだろう。