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  なにが創設されたのか?

   令和3年度税制改正で調査手続規定が改正された。
 国税通則法第74条の2は質問検査権を規定している。税務行政における基幹的な条文といえる。
 これまでは1項から4項までであったが、5項が追加され、令和3年7月1日からの施行となる。

 令和2年12月21日に閣議決定された「税制大綱」では、次のように記述されていた。

 納税地の異動があった場合における質問検査権の管轄の整備
 法人税、地方法人税又は消費税に関する調査について、調査通知後に納税地の異動があった場合において、その異動前の納税地の所轄国税局長又は所轄税務署長が必要があると認めるときは、その異動前の納税地の所轄国税局又は所轄税務署の当該職員が質問検査権を行使することができる。
(注)上記改正は、令和3年7月1日以後に新たに納税者に対して開始する調査及び当該調査に係る反面調査について適用する。


 成立した条文は次のとおりである。括弧文は緑色で表示した。

5 法人税等(法人税、地方法人税又は消費税をいう。以下この項において同じ。)についての調査通知(第65条第5項(過少申告加算税)に規定する調査通知をいう。以下この項において同じ。)があつた後にその納税地に異動があつた場合において、その異動前の納税地(以下この項において「旧納税地」という。)を所轄する国税局長又は税務署長が必要があると認めるときは、旧納税地の所轄国税局又は所轄税務署の当該職員は、その異動後の納税地の所轄国税局又は所轄税務署の当該職員に代わり、当該法人税等に関する調査(当該調査通知に係るものに限る。)に係る第1項第2号又は第3号に定める者に対し、同項の規定による質問、検査又は提示若しくは提出の要求をすることができる。この場合において、前項の規定の適用については、同項中「あつては法人の納税地」とあるのは「あつては法人の旧納税地(次項に規定する旧納税地をいう。以下この項において同じ。)」と、「同項第2号ロ」とあるのは「第1項第2号ロ」と、「連結親法人の納税地」とあるのは「連結親法人の旧納税地」と、「、納税地」とあるのは「、旧納税地」と、「事業者の納税地」とあるのは「事業者の旧納税地」と、「(納税地」とあるのは「(旧納税地」とする。

 条文は読みづらいが、大綱でいっていることを条文化したに過ぎない。
 つまり、調査通知後にその納税者が別の税務署に移転した場合、移転前の所轄税務署長が必要があると認めたときは、その移転前の税務署の調査官が質問検査権を行使することができるようにした、ということである。

  なぜ創設したのか?

 そもそもなぜこの改正が必要だったのかがいまいちはっきりしない。

 まず一連の改正の動きを整理しておこう。
 調査手続きの法定化で、実地調査については原則事前通知されることになった。
 この通知を受けたものが、調査が開始される前に自主修正した場合は、「更正予知前」として加算税は賦課されることはなかった。
 この規定を悪用する形で、過少申告をバレモトで確信的に行い、事前通知を受けたら自主修正して加算税逃れをするものが目についた。そこで、事前通知の前に「調査通知」なる手続きを新設し、「調査通知」後の自主修正にも加算税を賦課できるようにした。

 過少申告バレモト確申者はならばと、「調査通知」を受けると同時に別の税務署に移転すれば、所轄の税務署長が変わることになる。そうすると移転前の税務署長が行った「調査通知」は無効となる。移転と同時に移転後の税務署長あてに修正申告書を提出すれば、「調査通知」まえの自主修正となり、加算税は賦課されない。これを狙ったものがいたのかもしれない。それも抑え込みたいという考えがあっての改正なのだろうか。
 少しみみっちい改正であるが、それともほかの理由があるのであろうか。

  納税者と税務署の関係

 それにしてもいささか不可解である。
 納税者と課税庁の権利義務は、すべて所轄署との関係においてなされるのが税法の構造になっている。
 そうであるがゆえに、通則法第74条の2第4項では、法人税・消費税の調査については所轄以外の当該職員も質問検査ができるという規定を置き、所轄税務署長からの依頼により所轄外の職員に支店長調査等の嘱託調査ができるように規定を整備している。
 この第4項には所得税が明記されていない。ということは、所得税の調査での嘱託調査は法的根拠がないことになるので、できないと解釈される。
 この規定からもわかるように、納税者に対して質問検査権を行使できるのはあくまでも所轄の税務署長の権限なのである。

  3つの疑問

 そこで今回追加された第5項をみると、次の疑問が出てくる。

(1) 所轄が変わって自署の納税者ではなくなったものに関して、「必要があると認めるとき」としているが、すでに権限が無くなった前署長にそのような権限を与えるということなのか。異動後の税務署長は当然にその権限を有することになるが、一納税者の調査について二人の税務署長が調査の必要性を判断し行使できることになるのか。その場合、前署長が必要ありと判断したが、現署長が必要なしと判断した場合にはどのように調整されるのか、されないのか。
 納税者は戸惑うばかりである。
 調査手続きは納税者への透明性と説明責任を果たすために法定化されたのであり、これではまったく逆行することになる。

(2) 条文の主語は「異動前の当該職員」である。その職員は一体どの税務署長の命により質問検査権を行使するのか。仮に、前署長が必要性を認めたとして、現署長にそのことを伝達して現署長が前署の当該職員に質問検査をさせるという嘱託調査のことなのか、条文からは読み取れない。仮に異動前の職員が調査したとしても、それが前署長には更正権がないのであるから、現署長が「その調査により」となりうるのか。つまり更正できるのか、その関係が不明である。そもそも、異動後の当該職員の調査はどのような位置づけになるのであろうか。
 この規定からは正確に読み取れず、支店等の嘱託調査ならまだしも、場合によっては本体に対して前後2署の調査官による調査となりかねない。なぜそのような必要性があるのであろうか。

(3) 「調査通知」の有効性・無効性について、条文からは読み取れない。通知を受けた直後に管轄外に異動して自主修正を提出した場合、通知後の自主修正として加算税を賦課できるのか。「調査通知」を異動後も有効にしたいのであれば、通知後の異動については異動後の税務署長が通知したものと見做すというみなし規定を置けば済むことである。それをせずにこの規定をもって、異動後の税務署において自主修正に対して加算税を賦課できるのであろうか。

 6月ぐらいになると改正の解説が財務省から発表されるが、いかなる解説がなされるのか、大いに注目される。