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  軋みっぱなしの岸田政権

 自民党の総裁に関する報道には辟易としてしまう。
 もとはといえば、岸田さんの政権放り投げ。何にもできない姿が痛々しいほどの無能ぶりを毎日のように我々は見せつけられた。
 岸田の間に「ン」を入れると「きしンだ」(軋んだ)となる。ミシミシと音を立てている政権というわけだ。
 もうすぐ崩れ落ちるが、スタートからひどいもので、きしみっぱなし。

 岸田政権誕生の際の岸田候補の公約を思い出してほしい。
  「新しい資本主義」
  「新自由主義からの脱却」
  「成長と分配の好循環」
  「金融所得課税の見直し」
  「1億円の壁の打破」
 これらの公約はタダの一つも実現できなかった。
 これらの公約実現に取り組んだとすれば、少なくとも安倍が行ったアベノミクスを転換することになるはずである。
 ところが、政権に着いた途端、これらの公約を反故にした。舌の根も乾かぬうちにとはまさに岸田のためにある言葉だ。

   岸田政権の評価

 では、岸田政権がやったことは何か。評論家はあれこれ言っているが、肝心なことが抜け落ちている。学者や識者といっても肝心なことは見えていないのか、言うとまずいと思っているのかわからないが、いずれにしても情けない。

 何を差し置いても、はっきりと指摘しなければならないことがある。
 歴史的大局観から見た場合、絶対見落としてはならない大罪を推し進めたのが岸田政権なのだ。
 それは、安倍・菅が推し進めた軍国主義の一層の推進である。
 この3政権が為した軍国主義の推進は、すでに国民の自由と人権を抑制しつつあるが、何年か後に日本国民の自由と人権を踏みにじり、取り返しのつかない災厄をもたらすことになる。

   渡辺白泉の俳句

 1939年(昭和14年)、渡辺白泉は「戦争が廊下の奥に立ってゐた」の句をしたためた。白泉はいち早く戦禍のにおいをかぎ取っていた。
 天皇制を支配の主柱とする、すざましい国民統制と言論抑圧、総監視社会のもとで、国民の命は紙っぺらのように扱われた。
 白泉は軍国主義が何をもたらすのかを見抜き、警鐘したのである。

   軍隊増強

 来年度予算で防衛省は軍事費8兆5389億円を要求した。2013年度4兆7500億円の倍である。
 軍隊は究極の暴力である。軍隊は徹底した管理・監視組織である。暴力遂行に邪魔なものは排除する組織であり、組織内部の管理・監視を組織外にも波及させる組織である。
 だから、民主主義の政治体制を標榜する国家は、軍隊を政治的にかつ民主的に統制することとした。そうしなければ、軍隊組織はとんでもない災厄をもたらす。

 憲法改正を党是とする自民党では、軍隊の民主的統制は怪しくなる。
 岸田政権で露呈したばかりだ。組織内の不正や犯罪を防衛大臣に報告することなく組織内で処理していた。軍事組織のことは軍隊にまかせ、部外者は口を出すなということである。軍国主義的兆候の典型である。
 その組織に大きな金を与える。暴力組織はますます力をつける。どうなるのか。
 日本の保守は戦前への回帰を目標としており、保守と暴力組織が一体となる政体が明らかに膨張し始めているのだ。行きつく先は、軍国主義である。

   日本は独立していない

 では単純に戦前の軍国主義になるのかといえば、そうではない。当時は天皇制の独立国家としての軍国主義であった。
 現在は独立国家としてではなく、アメリカの属国としての軍国主義になるということだ。日米安保条約が存続する限り、日本は独立国家とはいえない。
 その意味で日本国民は、歴史上まだ一度も主体的な民主主義国家を建設して国家を運営したことのない国民なのである。
 政権党である自民党には、独立国家としての民主主義日本を作ろうという気概はまったく感じられない。アメリカの属国としての軍国主義へ、狡猾な歩みを進めているというのが、現在日本の歴史的鳥観図なのである。
 白泉に倣えば、「軍国主義が廊下の奥に立ってゐた」を今したためざるを得ない。

   危険な政党

 自民党総裁選で名乗りをあげている候補者たちの中に、安倍・菅・岸田が推し進めた軍国主義を正しく受け止めているものは見当たらない。したがって、誰が次期総裁となり首相になっても、3政権が推し進めてきた軍国主義化を転換することはできない。
 自民党はとことんだめだ。だめだというより、国民にとって危険な政党である。
 日本国民はこのことを見抜き、自公政権を継続させてはならないと肝に銘じて選挙権を行使することが求められている。