税務調査 ― 通用しない答弁
<税務調査の概要> ・ 同社役員S(?)は、税務調査の追及に対し、値引きした8億円は正当な計算を行い算出したものである。その計算根拠・契約書は取引が完了したので破棄した。N株式会社の代表I(?)の意を受けたかどうかはお答えできない。詳細は記憶にない。記録もない ・・・ と答弁した。 |
<税務調査の展開> ・・・ 実際の税務調査ではこうなる
● まず、一般的な課税関係を考察してみる
この事案は譲渡をめぐる異常取引だから、譲渡に関する税法特有の概念をおさらいする。
・ Aは、取得価額1億円、相続税評価額7億円、時価9億円の土地を所有していたと仮定。
この土地をBに無償で引渡した。譲渡と関係ないではないかと思ってはいけない。
この取引は、調査官が見れば贈与か、無償での譲渡か、究極の低廉譲渡ではないかと狙いをつける。
そこで、A、Bが個人の場合と法人の場合で次の組み合わせが生じるが、その場合の課税関係はどうなるのか、考えてみる。
① 個人Aから個人Bに贈与
② 個人Aから法人Bに贈与
③ 法人Aから個人Bに贈与
④ 法人Aから法人Bに贈与
<答え>
① 個人Aから個人Bへの贈与は単純。個人Aは課税関係なし。個人Bには贈与税が課税され、課税価額は相続税評価額の7億円となる。他人同士なら3億8039万5千円の贈与税を納めることになる。(相法1の4)
なお、相続税評価額で取り扱われるのは、この行為だけである。
② 個人Aから法人Bに贈与した場合、個人Aには所得税が課税される。課税所得は8億円。時価が9億円なので、9億円で譲渡し、その原価(取得価額)は1億円だから差引8億円が譲渡所得の課税価額となる。
分離長期一般資産なら国税15%、地方税5%で1億6千万円を個人Aは納税することになる。(所法59)
法人Bには9億円の受贈益が発生する。他の所得が丁度0円であれば、実効税率29.97%だから2億6973万円の法人税・地方税等を納税することになる。(法法22②)
③ 法人Aから個人Bへの贈与の場合、法人Aには法人税が課税される。簿価1億円の土地を時価9億円で譲渡したので、課税価額は8億円となる。他の所得が0円であれば、実効税率29.97%だから2億3976万円の納税となる。(法法22②)
個人Bは贈与税ではなく、所得税が課税される。法人から業務に関係のない金品の贈与(経済的利益の供与)だから一時所得になる。課税価額は9億円。他の所得が0円で基礎控除しかないとしたら3億9980万8千円の納税となる。(所法7、34、36)
個人Bが法人Aの役員だとしたら取扱いが変わる。法人からの経済的利益の供与は役員給与になる。定期同額給与ではないから賞与となり、損金不算入。役員に対する賞与だから、法人Aは源泉徴収しなければならない。(法法34、所36、28)
④ 法人Aから法人Bへの贈与の場合、両法人に法人税が課税される。法人Aは簿価1億円の土地を時価9億円で譲渡したとされ、8億円が課税所得となる。納税額は2億3976万円。法人Bは9億円の受贈益となり、納税額は2億6973万円。(法法22②)
課税関係が起きないのは、個人から個人に贈与した時の個人の贈与者だけである。
調査に臨む税務調査官はこれに当てはめて法理展開をしていく。
● それでは、実例展開を考察してみる
税務調査官は知人Kが個人で取得したのか、知人Kが主宰する法人Mが取得したのかを判定する。契約はN株式会社と法人M(学校法人)との法人間契約となっていた。
次に、譲渡した土地の取得価額が間違いないか調べる。この土地は無償取得したものだから、取得価額(簿価)は0円だ。
次いで、譲渡した土地の時価を調べる。時価は9億円との評価であった。
では、8億円値引きした理由を調べる。代表者Iは調査官の前では「丁寧に回答する」と答弁するも具体的回答はせず、代表者Iに変わり役員Sはゴミがあったからだというばかりで立証する資料や記録はまったく提示しない。また、「計算根拠・契約書は取引が完了したので破棄した。」と答弁した。
税務調査官は繰り返し提示を求めたが役員Sは「記憶にない」「記録は破棄した」「お答えは差し控えたい」の繰り返しであった。
税務署には3回ルールというのがある。
資料や記録の提示を3回求めても提示がない場合、保存がないとみなす。提示がない場合は「帳簿書類が保存されていない」とし、消費税であれば課税仕入の保存要件を満たさないから、仕入控除税額を全額否認することになる。これは裁判でも確定した判決となっている。
事案の場合、値引きの妥当性を証するものの提示がなく、理由も正当だというばかりで具体的理由を述べないから、値引きには根拠がないと判定することになる。
調査官にすれば、課税関係は簡単だ。
④の法人から法人への譲渡に該当する。
N株式会社は簿価0円の土地を時価9億円で譲渡したと判定される。課税所得は9億円で、他の所得が0円だとしたら2億6973万円の法人税・地方税等を追徴課税する。
法人Mは、時価9億円と支払額1億円との差額8億円が受贈益となる。課税所得は8億円となり、他の所得が0円だとしたら2億3976万円の法人税・地方税等を追徴課税する。
2社で5億1千万円の追徴税額となる。
● 税務調査はそれだけにとどまらない
N株式会社の株主(国民・仮名)は黙っていない。9億円が入ってくるところ代表者Iと役員Sの根拠のない値引きで1億円しか入ってこないのだから、8億円が損失したことになる。
代表者Iと役員Sに対して背任を問うことになる。
税務署はここにも調査の視点から注目する。
損失を起こしたものに対する損害賠償請求、つまりN株式会社には二人に対する求償権が発生、当然「N株式会社の収益に上げるべきだ」というものだ。
求償権があるにもかかわらずそれを放棄したり、求償を求めない場合は、法人から役員に対する経済的利益の供与となる。前述した一般的事例の③の答えにある役員に対する給与に該当するわけだ。法人所得は賞与認容と損金不算入でツーペーゼロ。
代表者Iと役員Sは債務免除という経済的利益を受けるので個人所得の収入となり、所得区分は給与となる。(所法28、36、法法34)
N株式会社はそれら2人の賞与に対して多額の源泉所得税を徴収しなければならない。
これが税務調査における税法特有の視点だ。
これを見逃すとしたら、調査官は落第、国民の損失となる。調査官はそんなことはしない。
我々税理士は、税務調査の際、法令の解釈や適用の是非について、税務当局と鋭く対立することがある。この時大切なのは、双方で「事実」を確認し合うことだ。「事実」を証明する書類とともに、「記録」が重要な資料となる。
租税をめぐる裁判は、証拠資料や文献などを総動員して、法理解釈する。
「記録は、事案が終了したので廃棄した」、「個別に確認するころは必要ない」で通そうとする人が税務行政のトップとして信頼に耐えうるのか?
税務行政のトップにいる佐川国税庁長官殿。この課税関係に誤りがあったらご一報願いたい!
いつまで逃げ廻る ― ヤマシイことが有るから?
「記録は廃棄した」、「確認は控える」との不誠実な国会答弁を繰り返し、疑惑隠しと批判を浴びながら“論功行賞”で国税庁長官に上り詰めた佐川氏。今度は就任会見をいまだに拒否している。新長官は会見で抱負を語るのが慣例。会見がないのは異例だ。
国税職員で組織している全国税労働組合との団体交渉でも、「森友学園問題」を議題にするならその場で席を立つと事前に通告してきた。長官の態度で税務行政に支障が出ているのに、団体交渉の議題にすることすら拒否した。
国会閉会後、佐川氏の国会答弁を覆す事実が次々と発覚しており、新たな疑惑隠しと批判を浴びている。
安倍首相にかかわる行政私物化という重大疑惑を言を左右にしてごまかし、疑惑を裏付ける資料も“出所不明”と調査も拒否―。国会答弁で発揮した佐川氏の手法、税務調査でも通用させていいのか?
いつまでも逃げ廻るということは、ヤマシイことが有るからではないのか。
自民党の石破衆議院議員も放送番組で「国税庁長官はみなさんに(税金を)払ってくださいと言う立場。一切、公の場に姿を現さない、会見もしないというのは、納税者一人ひとりと向き合っているのか」と批判した。
これでは、国民は税金を払おうという気にはならない。
安倍首相にかかわる行政私物化は、阿部昭恵夫人付き秘書官(谷査恵子氏)も疑惑隠しか?在イタリア大使館一等書記官へ異例の栄転をしている。これも隠蔽加担の“論功行賞”。
すべて疑惑隠しが横行している。
佐川国税庁長官の罷免を要求 ― 市民団体
森友学園への国有地売却問題を追及している市民団体「森友・加計問題の幕引きを許さない市民の会」が、麻生太郎財務大臣に対し、佐川宣寿国税庁長官の罷免を求める申し入れ書を提出した。
佐川氏は、背任罪でも告発されている。