ze82.jpg

   下請は断れない

 いわば「常識」といってもよいのが、建設業界のキックバック、リベートである(もっとも建築業界にとどまらず、この悪弊は多くの業界で後を絶たない)。
 下請業者は有無を言えずに「不正」に巻き込まれ、お先棒を担がされる。
 なにしろ、断れば仕事から排除されるのだから、下請にとっては死活問題である。
 さて、この「常識」が東京国税局の調査で白日の下にさらされた。

  下請から 現場監督に1億4千万円
a0006_002418.jpg

 ゼネコン大手の清水建設が国税局の税務調査を受け、5年間で20億円の申告漏れを指摘され、清水建設はそれに「従う」とコメントしたと各社が報道した(7月6日)。

 問題はその中にキックバックの否認があったという報道である。
 記事によると、工事の発注業務なども担当していた現場監督の元社員が、下請会社8社に外注費を水増し請求させ、5年間で約1億4千万円をその社員は下請けから還流(キックバック)させ、飲食費などに使っていた。したがって、国税局は水増しの外注費を原価と認めなかったというもの。
 笑ってしまうぐらい「常識」的な内容である。

   被害者はいる

 ゼネコン(総合建設業者)は予定利益を織り込んで建築額を算定し、施主と契約している。ただし、経費が予定以上に掛かると追加工事代の折衝でその額は増えるのを常としている。施主は建物が出来上がらないことには話にならないから、値増しも受けざるを得ない。
 施主が民間企業ならそんなやりとりに他者が口をはさむ話ではないように思うが、そう単純ではない。施主は増加する建築費を本業で回収しようとするから、売上単価アップや経費削減対策をとる。現場監督の裏金は何のことはない一般消費者や労働者がかぶることになる。
 施主が公共機関なら、もろに国民の税金の無駄遣いとなる。無駄遣いどころか、国民の税金で私腹を肥やしてやっている。

   仕組みは単純だが

 キックバックの仕組みは意外と簡単である。
 キックバックは毎月の動きだが、年のこととして考えてみよう。
 その現場のその年の正規の外注費が、A社は1千万円であったとしよう。
 現場監督は下請けの出来高を知っているから、A社の社長に倍の2千万円をうち宛に請求していいぞと指示する。そのうえで、水増しした半分を俺に戻せと指示する。つまりA社からは500万円を現金で受け取るというわけである。そもそもの原資は施主からの売上金だから、このやりとりに絡んだA社の社長は自分の懐が痛むことはない。
 現場監督は「絶対バレないように処理しろよ」という一言を忘れない。

 さて、A社の場合、会計処理はどうなるのであろうか。
 この年の取引を分解すると次のようになる(消費税抜き)。
 水増ししていても請求しているので売上は全額計上され、他は正当額とする。
   売上       2,000万円 (正当売上1,000、架空売上1,000)
   原価        800万円 (正当原価800、架空対応原価0)
   売上総利益   1,200万円 (正当粗利200、架空対応粗利1,000)
   販管費       200万円 (正当販管費200、 架空対応販管費0)
   営業利益    1,000万円 (正当利益0、架空対応利益1,000)
   法人税等     300万円 (正当税金0、架空対応税金300)
   手取現金     700万円 (正当手取現金0、架空対応手取現金700)
   バック      ▲500万円 (表の経費にできず)
   最終現金      200万円

 表の帳簿上、現金は700万円残っているが、実際は200万円しかない。
 辻褄を合わせるためには………
 社長から表の借入をしても現金が増えるだけで、実際残高とは合わない。
 社長から裏の借入をすれば帳簿残と実際現金残高はあうことになるが、社長の資金源が問題となり、簡単に用意できない。
 やむなく架空原価か架空経費を計上して現金を支出した形にして実際残高と合わせざるをえなくなる。そこでバック分だけを架空原価とすると次のようになる。
   売上       2,000万円
   原価       1,300万円 (バック分500を正規原価800に加算)
   売上総利益    700万円
   販管費       200万円
   営業利益      500万円
   法人税等      150万円
   手取現金      350万円 (帳簿残と表の実際現金残が一致)
 やれやれ、現場監督は裏金をため込んだが、わが社も税金を150万円支払ったが儲かったわいというわけである。
 ところが人間のサガとして、これでは収まらない。水増し請求の1,000万円はそもそも架空だから、なにもうちで税金を支払うことはないとなる。1,000万円すべてを架空原価にしよう、となる。すると次のような処理となる。
   売上       2,000万円
   原価       1,800万円 (水増し請求1,000を原価に加算、バックは500のみ)
   売上総利益    200万円
   販管費       200万円
   営業利益       0万円
   法人税等       0万円
   手取現金       0万円 (帳簿残、実際現金残は裏で500万円)
 水増し売上と同額を架空原価とすれば、現場監督と工作を依頼された下請は山分けとなる。
 これがバレなければいいが、清水建設のように架空原価は案外簡単に露呈する。
 新聞記事は、清水建設の調査で下請けへの支払いを外注費と認めないということに留まっているが、当然下請も芋づるで調査されたことであろう。

    悪弊絶つには

 現場監督の裏金作りは、断れない必要悪である。見たようにその会計上の処理はどうやってもまともにいかず、下請けにとって大きな負担となる。その負担の手短な解消法は見合いの架空経費計上を必然化させる。ここにこの問題の根深さがある。
 ある下請さんは、キックバックに加担して幾らか潤ったとしても、所詮は裏金だからビクビクし、気が休まらないという。
 下請にしてみれば、そんなことをせずに単価を引き上げてもらい正規に所得を確保したいのだ。
 折しも国税庁は大企業のコーポレートガバナンス対策を強化するとし、指針を発表した。
 国税庁もキックバックの「常識」は押さえている。下請が泣かないように明確な対策を打ち出すべきだ。